ウルトラマンと神秘性

初代ウルトラマンは徐々に擬人化が進行し、
元来持っていた神秘性が損なわれた(のが好ましくない)と言う人を良く見る。

でも、ウルトラマンは本当に神秘性のあるキャラクターだったのかな?
確かに初回のウルトラマンはカタコトの不気味な宇宙人で、
交渉の途中に怪しく笑い出したりと
視聴者に人間と全く異なる存在として受け取られると思われる。
だが、第10話「謎の恐竜基地」のジラース戦での闘牛ごっこ、
第11話「恐怖の宇宙線」ギャンゴ戦での擽り攻撃などは、
初期のエピソードでありながら既に人間臭いと言う印象を受ける。
そう言った場面も、人によっては否定的に受け取られるかもしれない。

ただ、私としては全然アリ派。
初回のような神秘性が保持されていたのならそれで良いし、
史実のどこか人間じみたウルトラマンも、
可愛いとか親しみやすいと言う感想が浮かぶ。
最終回で地球を好きになったために光の国への帰還を躊躇うも、
ゼットンが地球人の手で倒された後
人々に見送られながら光の国へ帰っていくウルトラマンは、
個人的には純粋な離別の要素に加え、
ウルトラマンの心情も思うと思い出すだけでも感動的な場面。
また、この時は初回と同じカタコト口調だったから、
神秘性も十分あったと思われる。

この辺は受け手の性別に寄るものもあるかもしれないけど、
ウルトラマンを人間と同じ生き物として見るか
宇宙人として見るかが大きいと思うんだよね。
後者を厳守する場合は、確かに地球人じみた思考や
価値観を付与するのは好ましくないかもしれない。
地球人とウルトラマンでは、外見も生まれ育った環境も全く違うのだからね。
でも、制作側は恐らく前者の見解だった。
モロボシ・ダンはウルトラセブン
薩摩次郎の外見と魂をベースにした人物だから、
宇宙人にしてハヤタよりも人間味があるのだけど、
『A』で地球に行くのを躊躇するエースは
正しく人間と同じ生き物として描かれているし、
タロウは「末っ子の甘えん坊」だったらしいし、
レオ(とどうやら80も)には人間態になる経緯が描かれていないが、
思考も価値観も人間そのもの。
後年にはウルトラ族は元々地球人と同じ姿だったと言う
設定も追加されていて、
セブンの息子のウルトラマンゼロに至っては人間臭さの塊。
それもあってか女性ファンが多いのが伺える。

ちょっと話が逸れたけど、
私は最初の不気味な宇宙人そのもののウルトラマンも、
意外と人間臭くて可愛いウルトラマンも、
2期以降のウルトラ兄弟の次兄としてのウルトラマンも、全部好き。
個性豊かな怪獣を相手にし、様々なアクションで見る者を飽きさせず、
時には子供や哀れな一個人の敵としても描かれ、
単なるヒーローに終わらないウルトラマン。
だからこそ、一人の人物として愛することが出来る。
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